Archive for the ‘映画’ Category

崖の上のポニョ

火曜日, 12月 4th, 2007

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宮崎駿監督の4年ぶりの新作で、来年夏公開だそうです。

『崖の上のポニョ』は「人間が手で描く」というアニメーションの根源にこだわり、従来のスタイルとは一線を画したアニメーション表現へと挑戦している、宮崎駿監督の渾身の意欲作で、「人間になりたい」と願った、さかなの子ポニョと5才の男の子、宗介の物語です。

実はここ数作品、宮崎アニメを観ていないのですが、この絵とタイトルにはとても惹かれました。
あと、“「人間が手で描く」というアニメーションの根源にこだわり”というところにも期待してしまいます。そういえば「紅の豚」の後のインタビューでそういったことを話していたのを読んだ気がするけど、この作品で本格的に取り組んでいるのかな。だとすると、ぜひ観たいです。

ダイ・ハード4.0

水曜日, 8月 15th, 2007

皆さん観ました?遅まきながら、僕は先週観ました。ちょっと感想を(ネタバレしない程度に)。

ストーリーはCMや予告でやっている内容そのままで、サイバーテロを仕掛ける悪の一味に
裸一貫で立ち向かうジョン・マクレーンのお話です。
どんどん進む話の展開や、ど派手なアクションは、これまでのシリーズと変わらず
「ああ、ダイ・ハードだな」という感じでしたが、そんな中でもちょっと考えさせられたことが
ありました。

ひとつは、「インターネットテクノロジーな人たち」の描き方。
映画の中で出てくるインターネットテクノロジーな人たちは、サイバーテロを仕掛ける一味と、
マクレーンに協力する青年ハッカーなのですが、彼らの描き方が「なるほどなー」という感じでした。

とにかく彼らは、ものすごいテクノロジースキルをもっていて、かつ、インターネットを利用して
情報を収集することで、世の中がどういう仕組みで動いていて、その根幹はなんなのかを
理解しているわけです。インターネットというサイバーな道具を使って、部屋の中に
いながらにして、世の中を上空から俯瞰している感じです。

彼らは、現代社会が機能するためには、もはやインターネットテクノロジーが必要不可欠であることを
知っていて、その事実を前提に物事を発想します。パソコンやインターネットに疎い人たちに
とっては、彼らの発想やアイデアはもはや理解不能で、なんのことを言っているのかさっぱり
分からない。ただ、それは恐らく事実であろうし、彼らができるといっていることは、
(手段はよく理解できないが)本当にできるのだろう、と思う。

この感じって、インターネット全般に対しての世の中の感情に近い気がしました。
結果はすでに目の前にあるが、それにいたる仕組みや手段がイメージできなくて、
ちょっと気味が悪い感じ。
なんか世の中自体がどんどん変わってきていて、どうもそれは不可避な状況で、確かに
インターネットで便利になったこともあり、社会で生活する一員として、流れに乗り遅れない
ほうがよいなと思いつつも、それ前提で物事を考える人を見ると、
「すげーな、でもなんか違くねえか・・」と思ってしまう感じです。
微妙かな・・

映画を通してこの感じがよく伝わってきたので、インターネットに対する世の中の感じを
よく掴んでるなーと関心しました。

もうひとつは、英雄としてのジョン・マクレーンの描き方。

を書こうと思いますが、夜が深くなってしまったので次回にします!

蟲師

水曜日, 7月 25th, 2007

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名画座の目黒シネマでやっていたので、遅まきながら観ました。
良かったです。

なにがいいかというと、山や森や田園や民家の風景がとてもいいです。
森に雨がざーざー降っているところとか、峠の山道だとか、大木だとか、
朝の霧がかった山だとか。
よく「海派? 山派?」なんて話をしますが、僕はやっぱり山派なんだなーと思いました。
しょっぱい海水よりも、冷たい湧き水の方が好きなんだよね。

あと、登場人物たちの衣装も良かった。
登場人物の多くは、基本野宿の生活をしているような人たちなので、
みんな泥で汚れていたり、服もぼろぼろになっているんだけど、
なんだが全体としていい感じのスタイルになっていました。

「蟲師」への想い 大友克洋
百年程前の日本。都市部では既に近代化が始まっていましたが、
地方、山間部に於いてはまだまだ中世の残滓が散在し、
まつろわぬもの供が闇を跋扈していた事でしょう。
その姿はきっと正視出来ぬ程恐ろしく、
そしてぞっとする程美しかったのではないでしょうか。
百年前の闇にじっと変わる事もなく立ち尽くして
今の我々を見ているような気がします。
そんな世界を自分なりに創造してみたかったのです。

要はこの映画の世界観が良かったということですね。
ウェブサイトに「ロケ地マップ」というのがありますが、
「日本にもこんなところがあるのかー、行ってみたいな」と思いました。
もう百年前の姿はそこにないはないでしょうが。

そういえば実家のばあちゃんも、結構摩訶不思議な体験談を話して
聞かせてくれました。
親父が子供のころカマイタチにあって額をパックリ割ったとか、
大地震があって沼の水が全部あふれ出たとか、
地元で年寄りが一人死ぬと連れを誘っていくので必ずもう一人すぐ死ぬとか。

今、そんな話とはほぼ100%無関係な環境で生きているので、逆に心惹かれます。

(さらに…)

トランスフォーマー

木曜日, 7月 19th, 2007

たのしみですね。

http://www.takaratomy.co.jp/products/TF/products/movie/ma-01.html
買ってしまいそうです。

大日本人

土曜日, 1月 27th, 2007

松本人志 第1回監督作品 大日本人

映画のジャンルを取材陣に問われた松本は「僕の近所のビデオ屋では、時代劇コーナーに『志村けんのバカ殿様』が置いてあるくらいなので、映画のジャンルは観た人が決めればいいと思う」と応え、出演者についても「出演者は他の人にきいてください。僕が言うのもアレなんで」と、つかみドコロがない「謎」の映画であることを強調した。

 「とにかく面白いと思う方向にどんどんいこう思って。映画的には邪道かもしれませんが、僕の中では面白ければ勝ちだと思ってます。作品の出来に、意外と自信があります。ちょっと自分自身も喜んでいます」と映画について自信を語る。

 海外のマーケットを視野に入れているのかという問いには、「会社的には考えているのかもしれないが、カンヌを受賞するような作品では絶対ない」と力強くコメント。会場の笑いを誘った。

 ロケ地は主に都内。2005年12月にクランクインしており、約8ヶ月の月日をかけて撮影された。今年2月に完成、6月に全国松竹系にてロードショー予定。

映画製作の話は、5年前からスタートしていたそうです。
これまた久しぶりにときめきました。

妖怪大戦争

火曜日, 2月 28th, 2006

ものすごい今さらですが、DVDで観たので感想です。

夏にこの映画に女の子を誘ってドン引きされて以来観ていなかったのですが、面白いですね。
三池監督、いいなあ。<以下ネタバレ含みます>

(さらに…)

サヨナラCOLOR

土曜日, 9月 24th, 2005

ひさびさの竹中直人監督作品。
渋谷で観ました。けれんみのない小品という感じでよかった。

竹中直人もそうだけど、比較的多くの監督は、作品を重ねるごとに内容や表現がシンプルに、悪く言えば単純になっていくのかなあ。肩の力が抜けていくというか、自分の表現したいことが分かっているというか。そんな変化に対して親しみや安心を感じつつも、どこか寂しい印象を持ってしまう。

自分ごとでなんなんですが、俺が映画を観ていて一番引き込まれる時というのは、あまりにたくさんのことが重なりあって、もはや収拾がつかず、混沌として時間の感覚もあいまいな真空状態の中で、シーンだけが進んでいるという状況なのだと思う。
「許されざる者」の最後の銃撃シーンだったり
「生きる」の志村喬と誕生日の娘さんが階段ですれ違うシーンだったり
「ダウン・バイ・ロー」の最後のダンスシーンだったり
「地獄の黙示録」の最後の爆撃シーンだったり

蓮実重彦が何かの本の中でこんなことを書いていた。映画が映画を越える瞬間というものがあって、それは野球場で打者がボールを打って、飛んでいく打球に合わせてフィールドの中の選手が一斉に各々の動きを開始して、その光景を観客が固唾を呑んで見ている瞬間に似ているのだ。

俺もこういう感じを映画に求めている気がする。つまりもはや作り手側すらもその場面をコントロールできず、ただシーンがあるという光景。

なにか非常に伝わりにくい事を書いている気がしますが、俺もまだまだ映画好きだぜ。

妖怪大戦争

土曜日, 8月 6th, 2005

ひさしぶりに、映画でわくわくしています。
世界を救うため、選ばれし少年(神木隆之介)が日本の妖怪たちと、魔人・加藤保憲(豊川悦司)に立ち向かう。
三池崇史が監督で、こんなにくだらなそうなのに、キャストが異様に豪華。そんでもって主題歌は忌野清志郎&井上陽水。
制作が角川映画で配給が松竹。
笑えるなー。
これを仕掛けたプロデューサーにリスペクトですよ。

幸せの黄色いハンカチ

水曜日, 4月 27th, 2005

最近テレビでやっていましたね。
久しぶりに観てしまった。多分高校生以来。

記憶の中では、いい映画だなぁという印象が残っていて、もちろんあらすじは覚えていて、最後のハンカチのシーンも結構鮮明に覚えていたのだけど、最後のシーンで涙してしまった。というのも、今回の鑑賞で新しい発見があったからです。

実は劇中の高倉健って、どうしようもない奴だったんだね。健さんは殺人を犯して刑務所に入っていたんだけど、僕の中ではその殺人っていうのはやむにやまれるものだったと思っていた。たとえば正当防衛とか、理不尽なものに対する復讐だったりとか。でも実は殺人の理由って、ただ単にブチ切れて、勢いまって殺しちゃったというものだった。
殺人が「やむにやまれるもの」で、獄中の健さんは奥さんの幸せを考えて離婚を申し出るという、男の美談を自分の記憶の中で勝手に作り上げていたのだけど、実はそうではなくて、健さんは「やくざな性分」に生まれてついて、そのことに悩み苦しむ、愚かな人だった。獄中から健さんがぶっきらぼうに離婚を申し出たとき、奥さんの賠償美津子は、「あんたって本当に勝手な人だねえ」としくしく涙を流す。

そうすると、最後の黄色いハンカチの意味が全然違ってきて、前者での意味は大げさにいうと「普遍の愛」ですよね。まっすぐに自分の信念を貫く男への毅然とした愛。でも実はそうではなくて、あのハンカチの意味は「救い」とか「許し」なんだと思いました。ただ、奥さんが健さんを救ったり、許したというわけではない。奥さんもバツイチで、決して純粋無垢に生きてきたわけではない。人生に逡巡しながら生きている。それでも奥さんがハンカチを上げていたのは、人生の上で健さんを必要としているからだ。自分の存在価値をほとんど見失っていた健さんにとって、自分を必要としている人間がいるということが、彼の人生の救いだったのだと思う。

黄色いハンカチがはためくシーン。健さんがクルマから降りて家の方角を見ると、紐いっぱいに結んだハンカチがはためいている。一枚ではなくていっぱいだ。それは奥さんの強い「意志」ではく、「希求」の現れだ。健さんは桃井かおりから促されるまでハンカチから目を離せない。そくされるままに二人に別れを告げて、家の方角に歩き出す健さん。クルマに乗り込み出発する桃井かおりと武田鉄也。
そこでシーンが終わると思うとそうではない。二人はクルマを停めて、家と家の間から健さんと奥さんの再会を眺める。ゆっくりと近づく健さん。奥さんはくたびれた服を着て洗濯物を干している。健さんの背中からのロングショット。奥さんが健さんに気づいたところでカットが変わる。横からのかなりのロングショット。二人の表情は見えない。向かい合う二人。数秒の静止のあと、洗濯物を顔に当てて、その場で泣き出す奥さん。健さんはゆっくり近づき、奥さんの背中に手を当て、二人は家の中に入っていく。
健さんが服役中の4年半にも、奥さんには生活という時間が流れていたのだ。そして家の中に入っていく二人もまた、生活の中に入っていくのだ。

この、シーンの後半部分が僕には発見でした。

AVP

土曜日, 12月 11th, 2004

昔デパートの屋上に「アラレちゃん VS ガンダム!」っていうショーのポスターがあって、むちゃくちゃ観たかったけど、これも観たいね。