Bigmouth Strikes Again-4
月曜日, 2月 11th, 2008
「これを見てくれよ、ジャーン!」
ラスタマンは柱についている大きなレバーを倒した。
「なんだこりゃ?」ノブユキが声を出した。
そこにはまるで無限に続くかのようなステンドグラスの天井が広がっていた。
裏側から照明に照らされ無数の色が混ざり合った。
「すごいだろ、ラデンっていうんだぜ」
ラスタマンは得意げにわらっていった。

「これを見てくれよ、ジャーン!」
ラスタマンは柱についている大きなレバーを倒した。
「なんだこりゃ?」ノブユキが声を出した。
そこにはまるで無限に続くかのようなステンドグラスの天井が広がっていた。
裏側から照明に照らされ無数の色が混ざり合った。
「すごいだろ、ラデンっていうんだぜ」
ラスタマンは得意げにわらっていった。
新潮文庫から分厚い上・中・下巻で出ていましたが、
去年、光文社古典新訳文庫から新訳(亀山郁夫)版が発売され、
古典文学としては異例のヒットになっているようです。
僕は大学生の時に、やっぱり新潮文庫で読んだのだけど、
新訳にひかれて1巻を買いました。
(ちなみに新訳版は全5巻です)
この本を僕より先に読んだ友達が、この本を評して
「ドストエフスキーが、人間(とは何か)というテーマに、がっぷり
四つに組んで挑み、かなりいい線までいった作品」といっていたのを聞いて、
僕も読んでみようと思ったのでした。
でもホント、そんな感じだったと思います。
特に中盤以降はグイグイときます。
憤怒やら疑いやら祈りやら蔑みやら信念やら愛やら、いろんな感情が渦巻いて
一気に押し寄せてくる、そんな読書体験だった気がします。
久々に読書にダイブしてようかな。ちょっと怖いけど・・

ラスタマンの後を三人はおりていった。
「明かりをつけるよ」
ついたり消えたりをくり返し、半分ほどの照明が弱々しくともり
案内された場所が古いレストランであることがわかった。
「かけなよ」
ラスタマンは埃だらけの丸椅子をすすめた。

「ここから入るんだ」
ラスタマンはうれしそうにいった。
そこは古い倉庫の片隅の錆びて塗装の剥げ落ちたドアだった。
「ずっと開かなかったんだ、
でも取っ手をずっと、俺の体温と同じになるまでずっと握ってたら開いたんだ
それからはいつもちょっとだけ開けておくことにしたんだ」
重い音とともに開いたドアの中はどこまでも深い闇だった。

登場人物
ノブユキ 20歳 エディーヴァンヘイレンのようなギタリストにあこがれソヨカゼシティにやってきた。
マサノリ 20歳 放浪の旅の途中。去年植えた朝顔の様子を見にソヨカゼシティにやってきた。
キョウコ 20歳 逗子生まれのサーファー。最高の波を求めソヨカゼシティにやってきた。
「秘密の場所に案内してやろうか?」
何十年も前から浜辺に暮らしているラスタマンがいった。
三人は目を合わせ、そして頷いた。
続く

読了しました。
最近とんと小説を読まなくなって、実は久しぶりに読書した一冊です。
僕の場合、映画でもお芝居でもそうだけど、1つの作品から強いインパクトを受けた時って、その体験を人に話したくなるんだよね。
その作品を体験することで自分の感じたことや考えたことを話したくなるし、他の人はどう感じたかを聞きたくなる。
それはたぶん、その体験自体が自分の中でまだ整理できていなくて、「なんか衝撃受けたなー」ぐらいの感想しか出てこないのだけど、無性に掘り下げたいという気持ちが働いているんだと思います。
この作品は、そんな気持ちを呼び覚ましてくれるものでした。
以下、現状の感想
最近読んだおすすめの本です
近頃またぐずぐずと一人本を読む時間が多いのだけど、どうも読みたい本になかなか出会わない。
社会人になって、煙のように映画への想いが消えていったように、俺は読書にまで心が傾かなくなってしまったのかと、さびしい気持ちになっていた時に衝動買いした本です。
とても感銘を受けました。
もともといつか世界史を勉強して、人の歴史というものを自分なりに知りたいと思っていたけど、手付かずのまま10年ぐらい過ぎていた僕にとっては、ぴったりの本でした。
この本をおすすめにして平積みしていた銀座の文教堂よ、ありがとう。
実は初めて読みました。
「半島を出よ」を読み終えて、勢いあまって読んでしまった。
サイトで検索してみると、この小説に強い思い入れを持っている人は多いみたいですね。
僕が思ったこと。
「僕はずっと必要とされなかった、だから、他人を必要としない人間になろうと思ったんだ、でもね(中略)必要とされてる人間なんてどこにもいないんだよ、全部の人間は不必要なんだ、それがあんまり寂しかったから僕は病気になったんだ」
「自分の欲しいものがわかってない奴は石になればいいんだ。だって欲しいものが何かわかってない奴は、欲しいものを手に入れることができないだろう?」
人は基本的に世界に「必要」とされていない。それは産まれた直後にコインロッカーに捨てられた2人の主人公も、その他の人間も同じことだ。つまり人は目的無く産まれ、目的無く生きる。
しかし自分の欲しいものがわかっていない奴は石と変わらない。
だから人は、目的や夢をもって生きる。しかしそれは根源的に不必要なものだ。
つまり人は、「自分の欲しいもの」を手に入れるために、自らの意志を施行して、生きたいように生きている。勝手に。そこには苦労も努力もない。それは自分が欲することなのだから。
そう思ったら、とてもカラッとした気持ちになれました。
上下まとめて買いました。
久しぶりに読書で空想の旅に出ようかな。
でもはまりすぎるのがちょっと怖い。