最近この映画のことをよく思い出す。
黒沢清『アカルイミライ』
いま、初老の失神者を胸元に抱えたまま川岸の草むらに横たわる青年にキャメラを向けている。象徴的な意味の重みでたわむこともなく、無償の審美性からも思い切り遠いこの単純な画面には、肯定へと人を誘う強度がみなぎっている。人は、何の脈絡もないまま、ペッキンパーの最後の西部劇やアルドリッチの晩年の活劇に漂っていた、あのニヒリズムには行きつくことのない徒労感に似たものをこの画面に感じ取る。
もはや完全に収集がつかなくなってしまった・・という感覚のなかには、廃棄オイルをもてあますような暗澹たる気持ちがほとんどなのだけど、どこかに重力にとらわれない感覚が共存していて、そいつらは刹那的でまったくの無力なのだけど、なぜか肯定の方角を向いている。
★本日の主題歌
未来